the Cat Met with Special Boxes.

第26話 公安9課、再び STAND ALONE COMPLEX

こうあんきゅうか、ふたたびPublic Security Section 9, Once Again

粗筋

トグサは事件以来、音信不通になっている9課の面々との再会を嘱望しつつ、今迄9課が追っていた厚生労働省の黒幕達が逮捕されていく様子を、メディアの画面の前で只黙って見守る事しか出来なかった。
一方で、笑い男と目される人物は単身、あらゆる出版物がひたすら集積されるプリントメディアの墓場と化した国立図書博物館で、ある人物との再会を待っていた・・・


登場人物

用語

セリフ

バトー「素子ぉー!」

アオイ「肉体を喪失しても思考はネットを巡り、個を特定したままその存在を維持し続けられると?」
草薙素子「さあどうかしら、殻を捨てた意思がネットの海で個を維持出来るとは考えにくい。」
アオイ「じゃあ生きて尚、個を喪失し続けるものにとってこの世界は絶望?」
草薙素子「何をして絶望と捉えるかね。とりあえず死んでみるっていう手も有るんじゃない?」
アオイ「それも有りですかね?とりあえずお礼は言っときます。有難う。あの約束の守り方、最高にチャーミングだったな。」

complex episodes:公安9課、再び STAND ALONE COMPLEX※1

トグサ(我々の間にチームプレイ等と言う都合のいい言い訳は存在しない。必要なのはスタンドプレーの結果として生じるチームワークだけだ。それは9課設立当初、課長の奴が俺達に初めて言って聞かせた訓戒だ。)

トグサ(あの時、課長は俺達を本当に見捨てたのだろうか?俺は仲間との連絡も取れず、外部の情報を得る事も出来ぬまま不毛な取調べを受け続けた。そして15日後の突然の釈放。)

トグサ(そこで渡された辞令には公安9課が既に散していると言う事実と共に、表向き俺が勤めている事になっていた警備会社からの、無期限の自宅待機命令が記されていた。だが一体何処からの連絡を待てと言うのか。俺は拘留されていた間に起きた出来事を、なんとか把握しようと走り回った。)

トグサ(一部の急進的公安メンバーらによる武装蜂起計画の発覚。それが世間一般に報じられた事件の全容だった。クーデター計画を未然に防ぐ為に投入されたと言う自衛軍による武力行使は、殆ど全てのメディアは好意的に報じていた。計画の首謀者とされ国家反逆罪に問われた9課のメンバーは、軍により拘束、逮捕、送検、略式裁判による迅速な結審。しかしその後の行方は、機密事項に抵触するとして報道規制が敷かれ、それ以上の情報を得る事は、特権を剥奪され一個人に成り下がった俺の力では、どうする事も出来なかった。)

トグサ(だがどうしても釈然としない思いが2つ残った。一つは9課の中心人物である課長の存在が、すっかり表舞台から消え去ってしまっていると言う事だ。その名前は報道記事には存在せず、首謀者リストにもその姿を晒してはいない。やはり課長は俺達を捨てたのか。そしてもう一つ、メンバーの中で唯一その後の状況が明確に告知されている少佐の行方。少佐は本当に死んでしまったのだろうか?)

トグサ(あれから3ヶ月。時に公安としての職務を全うする事は、無限に続くとも思える捜査に耐え得るだけの精神力を求められる作業に他ならない。だがそれを苦痛と感じた事は無かった。しかし止め処無く流れる時間の中で、何故俺だけが何事も無かったかの様にこうしていられるのか。家族からみれば単なる無職の夫を演じ続ける日々は、何事にも変えがたい苦痛を伴って、俺の精神を圧迫した。)

トグサ(そろそろ転職先を探す時期か・・・)

記者「まもなく検察が到着するとの情報があり、党本部はたくさんの報道陣が集まり、物々しい雰囲気に包まれています。衆院選前に一部週刊誌等で流れたセラノ・ゲノミクス社を巡る厚生疑獄事件は、薬島幹事長を巻き込み、内閣発足から1週間、ついに検察による一斉捜査に迄発展しました。」
記者「本部前では検察による一斉捜査が行われ」
記者「ついに一斉捜査ですが、本日中の薬島逮捕はありますか?党本部内に噂されているセラノ株が置かれていると?」
「確かな情報を掴んでいる。幹事長には任意同行をお願いする事になるだろう。」
記者「セラノ氏が証言した投資番号を控えた現金が、こちらに保管されている可能性は?」
「それもこれから全て明らかになる。我々は今日迄薬島幹事長逮捕に向け、コツコツと捜査を続けて来た。」
トグサ(コツコツとだって?検察がどうやってここ迄の情報を揃えられたか分からない。しかし週刊誌や個人サイトに流れた情報は明らかに俺や少佐達が暴いた情報その物だったし、セラノとの金の流れを洗ったのだって元は俺達9課の仕事だ。確かに薬島が逮捕されれば俺達の目的は達成される。それを誰が執行するかなんて事は些末な問題だ。なのにこの感情は何だ?検察の誇らしげな態度。奴等の着ているシャツの白さにすら腹が立つ。いいのかこれで?少佐や仲間達が紡いだ事実は6年前から繋がる笑い男事件の真相じゃないのか?検察の手柄で公正疑獄が暴かれたとしても、薬島は議員辞職すらしないかもしれない。それで世の中の何が変わるっていうんだ?)

トグサ(俺は別にヒーローになりたかった訳じゃない。だが自分達が信じる正義には一点の曇りなく殉じて来たつもりだ。笑い男、そもそもこの事件の深淵を最初に暴こうとしたのは他ならないお前じゃないか。もしかしたらお前も今、俺と同じ気持ちでいるのか。いや違う。お前はそんな事に拘泥する様な奴じゃない。何かを悟って大観した目でこの状況を見ている。そうだろ?俺には分かる。少佐、もし俺が考えている様な結末が待っていた時は・・・)

バトー「動くな!ゆっくりと手を出してこっちを向け。」
バトー「お前の腕じゃ、薬島に接敵する前に捕まるな。」
バトー「馬鹿だねえ、お前は。ついて来い。」

パズ「真打ち登場。」
サイトー「遅かったな。」
イシカワ「で、何処迄付けた?」
バトー「予想通り党本部迄行きやがった。」
イシカワ「本当か」
バトー「何だお前、どうした?泣いてんのか?」
トグサ「そんな訳無いだろう。」
バトー「で、そっちはどうなった?」
イシカワ「幹事長も観念した様だ。流石は元軍族。取調べには潔く応じるらしい。これで検察の奴等、暫くは英雄扱いだな。」
ボーマ「違いねえ。」
トグサ「でもこれでいいのかよ?薬島をここ迄追いつめたのは」
バトー「俺達9課の手柄だって言いたいのか?まあ気持ちは分からんでもないが、これこそがあのむくつけき猿親父が、最初っから仕組んでた作戦だったのさ。」
トグサ「作戦?」
バトー「ああ、猿親父の奴は、総理が衆院選を前にして幹事長更迭を見送る事を悟った。で、敢えて9課を悪者にする道を選んだんだ。少佐笑い男に化けてセラノから事件の真相を聞き出した段階で、9課の存在がマスコミに漏れて以前の様に秘密裏に事を運べなくなった。そこで課長は総理と取引し、表向き 9課を犠牲にする事で検察を動かしたって寸法さ。」
トグサ「9課を犠牲にして・・・それにしたってこの3ヶ月間、俺がどんな思いで過ごしてきたか」
サイトー「まあそう腐るな、特別休暇だと思えよ。」
パズ「俺達にしたって、事前にその作戦を知らされてた訳じゃない。」
ボーマ「親父は俺達全員が生き延びて、もう一度再結集すると信じ、断腸の思いで作戦を決行した。」
イシカワ「まあ、お前を最初に逮捕監禁して置いたのも、9課掃討作戦から生き延びさせたいが為の課長の策って事だ。なにせお前は生身の上に病み上がり。それに妻帯者ゆえの情報操作の難しさもあって、準備が整う迄9課から遠ざけて置く必要があった。悪く思うな。俺なんか記録上、未だに網走暮らしって事になってる。」
バトー「名を捨てて実を取る。これで俺達は晴れて、世間には存在しない攻性の組織に戻ったって訳だ。」
トグサ「そうだったのか・・・でも、じゃあ少佐は?」
バトー「さあな・・・あんな奴の事は知らねえ。」

ボーマ「そういやバトーこそ、あの時本気で泣いてなかったか?」
バトー「うるせえな。」
イシカワ「なんだあ?現場の映像を衛星から持って来てやろうか?」
バズ「ついでに少佐にも送ってやれ。」
バトー「あ、おいやめろ!」
イシカワ「素子ぉー、ってか?」

法務大臣「終わった様だな。」
荒巻大輔「うむ。後は全て司法の手に委ねられる。儂の仕事はこれで終わりだ。」
法務大臣「お陰で検察は国民に胸を張れるだろう。だがお前には何が残った?」
荒巻大輔「儂は、儂で自分の信ずる正義を全う出来た。それで十分だ。」
法務大臣「ふむ・・・で、これからどうする?いつ迄も銃と戦車でドンパチでもあるまい。どうだ、内に来ないか?以前からお前には司法の世界が似合うと思っていた。」
荒巻大輔「それはどうかな。此れ式の事で終わる9課ではないよ。儂はこれから9課再建に向け、新人のスカウトに向かうつもりだ。」
法務大臣「ほお。」

草薙素子「成る程、確かに笑い男ではないわね。」
アオイ「いらっしゃい。思っていたより遅かったですね。」
草薙素子「よく言うわよ。招待状も寄越さない癖に。」
アオイ「貴方がじっとしていれば、人は貴方に会いに来るだろう。」
草薙素子「ドアノの言葉だったかしら?」
アオイ「イエス。」
草薙素子「まあ、貴方の処遇をどうするべきか、考えあぐねてたってのもあるんだけど。」
アオイ「僕は又、貴方があのまま死んじゃうつもりなのかなってちょっと心配しちゃいましたよ。」
草薙素子「まだそれ程死に期待はしてないわ。完全リモート状態の擬体電脳が破壊された時の衝撃で、十分臨死体験は出来たけど。」
アオイ「で、新品の擬体を壊しちゃって、未だに擬体換装もしていない。」
草薙素子「目聡いわね。」
アオイ「覗きが趣味ですから。」
草薙素子「それにしてもなあに?ここ。まるで情報の墓場じゃない。こんな所から世界を変えようなんて本気で考えてたの?」
アオイ「まあ始めは幾分。」
草薙素子「で今の気分はどう?」
アオイ「特別な感慨は沸いて来ませんでした。実は僕の中では、貴方と記憶を共有した時点で全てが終わってしまったのかもしれません。後は貴方が上手くやってくれるだろうって。」
草薙素子「全く大した嘘つきよね。何が邪魔しないでくれよ。」
アオイ「すいません。でも全ての情報は共有し並列化した時点で、単一性を喪失し、動機なき他者の無意識に、或いは動機ある他者の意思に内包される。」
草薙素子「それは経験から導き出された貴方の言葉?」
アオイ「イエス。事実最後は貴方迄笑い男を演じていましたからね。」
草薙素子「確かにあれは面白い現象だった。それにしてもこれだけの事件を引き起こした最初の動機は何だったの?」
アオイ「貴方は世界中で起こる何もかもがインチキに見えてるんでしょうね。」
草薙素子J.D.サリンジャー。」
アオイ「イエス。でもまあ僕自身電脳化の権化みたいな人間だから、少なからず電脳硬化症に対する恐怖みたいな物があったのかもしれないけど。あれは僕が偶々ネット上で見つけた、一片のメールが切っ掛けだったんです。恐らくセラノ・ゲノミクスに宛てて送られたであろうその脅迫メールは、セラノ製マイクロマシンの無効性と、村井ワクチンの効能とを比較検討した論文で武装されていた。」
草薙素子「それを書いた者が笑い男のオリジナル?」
アオイ「強いて言えば、ですが。私は私が見える世界を皆に見せる為の機械だ。」
草薙素子「ジガ・ベルトフ。映画監督だったかしら。」
アオイ「イエス。僕は僕だけが偶々知りえた情報の確認と伝播を、自身の使命と錯覚し奔走した。」
草薙素子「で、見事に玉砕。無垢な媒介者は社会システムの醜悪さに落胆し口を噤んだ。」
アオイ「イエス。そして僕は消滅する媒介者となった。恰も新作を発表しない事でその存在を誇張されてしまう作家の様に。つまりそれは、消滅する事に因って社会システムの動態を規定する媒体であり、最終的にはシステムの内側にも外側にもその存在の痕跡を留めない。」
草薙素子「フレデリック・ジェイムソン。」
アオイ「イエス。でもノー 後者は大澤真幸。言葉では知っていても、実際にまのあたりする迄は信じられなかった。オリジナルの不在が、オリジナル無きコピーを作り出してしまうなんてね。貴方だったらあの現象をなんて名付けますか?」
草薙素子「STAND ALONE COMPLEX.」
アオイ「イエス、STAND ALONE COMPLEX.元来、今の社会システムにはそういった現象を引き起こす装置が、始めから内包されているんだ。僕にはそれが絶望の始まりに感じられてならないけど、貴方はどう?」
草薙素子「さあ、なんとも言えないわね。だけど私は情報の並列化の果てに、個を取り戻す為の一つの可能性を見つけたわ。」
アオイ「因みにその答えは?」
草薙素子「好奇心、多分ね。」
アオイ「成る程、それには僕も気付かなかったな。僕の脳味噌は既に硬化し始めている。で、これから僕はどうなるんですか?誘拐罪で逮捕、それとも同時多発テロ教唆の罪かな?」
草薙素子「さあ、その件に関しては彼に一任してあるから、直接聞いてみたら?」
荒巻大輔「さっきから聞いていたが、外部記憶装置無しにはさっぱり付いて行けない会話だな。ここの本は全て読んだのかね?」
アオイ「そこ迄は。」
草薙素子「紹介するわ、内のボスで公安9課長、荒巻大輔。」
アオイ「初めまして。」
荒巻大輔「最早慣例として行われているに過ぎない、出版物の保存と言う索然とした仕事を、これからも続けていくつもりかね?」
アオイ「もし許されるのであれば。」
荒巻大輔「今回の件で笑い男のオリジナルは法的に存在しなかったと結論付けられるだろう。そこで提案だが、どうだ?そのハッカーとしての腕を生かして、我々9課の9人目のレギュラーにならんか?」
アオイ「驚いたなあ、僕をスカウトするつもりですか。」
荒巻大輔「そうだ。」
アオイ「参ったなあ、聊か楽しそうではあるけど・・・でもやっぱりやめときます。それに残念ながら僕、野球が下手ですから。」
草薙素子「振られちゃったわねえ。どうする?」
荒巻大輔「どうもせん。公安9課は、お前や儂が望む限り、犯罪に対して攻性の組織で有り続ける。それだけだ。」

専務「社長、いよいよですね。初公判。」
瀬良野「ああ。」

瀬良野「これでやっと彼との約束が果たせるよ。」

瀬良野「ああ、いいよ。」

深見「曲がらねば世は渡れず、正しき者に安らかな眠りを。」

荒巻大輔少佐全員装備A2で招集をかけろ。」
草薙素子「聞こえた?バトーバトー「迎えに来たぜ。」
草薙素子トグサトグサ「もう向かってます。」
草薙素子イシカワサイトーサイトー「別ルートで合流する。」
イシカワ「準備は出来てる。」
草薙素子パズボーマパズ「いつでも。」
ボーマ「たまには当たりも引かないとな。」


脚注
※1:stand alone complex 独立複合体。

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