the Cat Met with Special Boxes.

第11話 草迷宮 affection

くさめいきゅうKusanagi's Labyrinth

粗筋

9課採用試験の教官として新人の相手をしていた草薙は、その最中見た事もない様な場所に彷徨い込み、そこで2体の子供の義体と一人の老婆に出会う。
老婆は、今度来た時にその義体についての話をする事を約束し姿を消す。
採用試験の最中に姿を消した草薙に不審を抱く9課の面々。
現実世界に戻った草薙は、そんな面々をよそにもう一度老婆の話しを聞く為、一人その場所に向かう・・・


登場人物

用語

セリフ

訓練生1「レストルームか?」
訓練生2「の様だな。」
訓練生1「追うか?」
訓練生2「まあ待て。トイレ内の壁と床は全面タイル張り。窓は嵌め殺しで、外側にアルミの格子が嵌まってる。彼女なら簡単に破れると思うが、手荒な事はしないだろう。」

individual episodes:草迷宮 affection

トグサ「あっついなあ。」

トグサ「ほら、お土産・・・ビール?いいよなあ、体内プラントでアルコール分解出来る奴は。それにしても、新規採用のテスト、難易度設定が間違ってるんじゃないの?」
バトー「馬鹿言え。この程度を突破出来ねえのは訓練生の質が悪いって事だろ?」
トグサ「ま、そらそうなんだけどさ・・・」

草薙素子バトー
バトー:何だ?
草薙素子:今何してる?
バトー:コーヒー飲みながら新聞読んでる。
草薙素子:貴方じゃなくて、彼等の事よ。
バトー:だからその彼等さ。すっかり寛いでるよ。
草薙素子:偽の記憶を噛まされたりするかもって発想、無いのかしら?
バトー:そんなのは最初に教えたよ?
草薙素子:残りの人数は?
バトー:3組6名。
草薙素子:次行くわよ。
バトー:了解。

草薙素子:これで最後?
バトー:ああ、残念ながらな。

訓練生3:申し訳ありません。ターゲットをロストしました。
バトー:ほう。で、どうするんだ?これから。
訓練生3:もう一度捜索してみますが・・・
バトー:あ、そう。じゃあ頑張れや。
トグサ「冷たいんじゃないの?」
バトー「同情してどうする。」
バトー少佐、終わりだ。帰ろうぜ。少佐トグサ少佐バトー「繋がらねえ。」
トグサ「怒って帰ったのかな?」

草薙素子ハッキングか?)
草薙素子バトーバトー草薙素子「やはりハッキングか。四層の防壁を抜かれた感覚は無かった。訓練生の仕業なら大したものね。」

草薙素子「ここがゴールって訳・・・?」

草薙素子「何だこの感覚は?皮膚触素への感覚は明らかに現実。なのに、まるで現実感がない。」

草薙素子義体か?」

老婦人「かわいいでしょ?その子達。」
草薙素子「貴方、ここの店主?」
老婦人「その様な物ね。お預けになりたいものは何かしら?」
草薙素子「預ける?」
老婦人「そうよ。ここはお客様の外部記憶を預かる商いをしているの。ここにある物は他人から見れば何の価値も無い物ばかりだけど、一つ一つには持ち主の思い出がたくさん詰まってるの。だから時々この物達から発せられる残留思念で息が詰まる事があるわ。」
草薙素子「残留思念・・・」
老婦人「貴方も、それに惹かれてここに来たんじゃないのかしら?全身義体としてはかなり初期に作られた珍しい物よ。この子達にまつわる思い出はいつも私を辛くさせる。でもそれと同時に、他人の記憶を預かる事の喜びも味合わせてくれるのよ。」
草薙素子「この子達の間に、どんな記憶が?」
老婦人「いけないもうこんな時間。申し訳ないけど今日は早仕舞いなの。また時間のあるときにいらして。その時にゆっくりお話しして差し上げるわ。」

草薙素子(そうか、あの妙な感覚は・・・郷愁・・・)

トグサ「なあ旦那。俺達もそろそろ帰ろうや。少佐には明日報告するって事でさ。」
バトー「お、少佐!そのまま消えるってのは無しだぜ。今迄何処行ってたんだよ?」
草薙素子「ちょっとね・・・で、本採用にこぎ着けそうな奴はどれ位いる?」
バトー「課長の知り合いからの推薦で、陸自情報部上がりの男が1名※1。」
草薙素子「心許無いな。」
バトー「質の低下は否めんが、余剰人員の確保が急務なのも確かだろ?」
草薙素子「だが難易度設定をこれ以上下げた所で、中身が薄まるだけだ。」
トグサ「どうします?日を改めて追試ですかね?」
草薙素子「課長と相談して決めるわ。」
バトー「なあ、俺は訓練教官に向いてると思うか?」
草薙素子「貴方が向かないなら、他に誰も向かないわよ。今日は先に上がるわ。後宜しく。」
トグサ「ふう・・・気にすんなって。俺だって9課に来る前だったら、少佐には5分で撒かれてたよ。」
バトー「本当か?随分レベル低いな。」
トグサ「何だよ。じゃあ旦那だったら、突然消えちまう少佐みたいなターゲットを、最後迄ストーキング出来るっての?」
バトー「当然だろ。」

ラン「白昼夢?」
草薙素子「もしかしてもっと霊的なものかも。」
ラン「寝返り打った時に幽体離脱して変な物見る事はあるけど。」
草薙素子「そう。じゃあ、自分の持ち物に思念を感じたりした事は?」
ラン「そうねえ、長距離をドライブしていて、自動車自体を手足の延長の様に感じた事はあるけど。ねえ、これからくるたん呼んで、久しぶりに打っ飛ばない?」
草薙素子「やめとく。今日はやっとかなくちゃならない事があるの。」

バトー少佐の奴、昨日のコースうろついて何やってんだ?」

バトー「俺がつけてた事気付かれてたのかな?」

老婦人「お待ちしてたわ。そろそろ来る頃だと思ってた。」
草薙素子「何故?」
老婦人「この子達も待ちわびていたもの。」
草薙素子「そう、じゃあ早速聞かせて、この子達の事。」
老婦人「せっかちなのね。いいわ。この2つの義体は、今では立派な成人になった男の子の方がずっと大切に保管していた物なの。」

老婦人「男の子は6歳の時、飛行機事故に遭った。乗客の殆どが死亡した大変な事故だったそうよ。救助された人達も間も無く全員が亡くなったと聞いているわ。この男の子と、それから偶然隣に乗合わせていた女の子を残して。奇跡的に命を取り留めた二人だけど、女の子は意識が戻らず、男の子も左手以外は全く動かなくなってしまったの。体の傷が回復した男の子は、自分の置かれた状況をすぐに理解したわ。一緒に乗っていた両親が死んでしまった事や、遠い親戚達が、始めの内こそ親身になってやって来てくれていたけど、すぐ足が遠のいた訳も。その小さな頭で、精一杯受け入れようと努力したの。そして、隣に眠っている自分と同じ境遇の女の子を、世界でたった一人の友達と思う様になった。彼女が目を覚まします様に、そう祈りながら折鶴を左手一つで懸命に折り続けたの。でも・・・」
草薙素子「女の子に、何かあったの?」
老婦人「暫くして女の子の容態が急変したの。」

看護士「血圧60、下ありません。」
医師「リドカインとエピを1単位ずつ投与。」
看護士「PCF、とれません。」
看護士「血圧、40に落ちました。」
医師「すぐにオペ室の準備を。」

老婦人「次の朝、男の子は、女の子が遠くへ行ってしまったと聞かされたの。」

老婦人「それから2年、男の子は誰とも口を利かず、只黙って折鶴だけを折って暮らした。まるでそれを折り続ける事が彼の人生に課せられた重い責務であるかの様に。」

看護士「今日は、何か言った?」
看護士「白い折り紙が欲しいって。」

老婦人「訴訟等の手続きが全て終わったある日、親類の男と共に一人の若い医師がやってきて、男の子に言ったの。『もし君が望むなら、君の動かない体を全部取り替えると言う治療法があるのだけど、受けてみる勇気はあるか?』って。『上手くいけば前の様に普通に生活出来る様になるから』って。男の子は返事をしなかった。勇気が出なかったとか、そういう事じゃないの、分かるかしら?彼には前の様に、普通の生活に戻りたいと言う動機が無かったのよ。最早、折鶴を折り続ける事以外は何も興味を持てなくなっていたんですもの。それで、りの大人達は男の子を説得する事を諦めてしまった。でも、一人の女の子が、男の子の心を開く切っ掛けを作ったのよ。」

草薙素子「それがこの子ね。」
老婦人「ええ。この子は既に全身義体の治療を受けて成功していた子だったの。多分若い医師が、男の子を説得する最後の手段と思って二人を引き合わせたのね。女の子は毎日の様に男の子に会いに来たそうよ。とても明るい、活発な子でねえ。全身義体に慣れる迄は随分辛かった筈なのに、その事は男の子には一言も語らなかった。それ処か、折に触れて男の子に義体化する事を勧めたの。男の子は黙って聞いていたのだけれど、ある時ぽつっとこう言ったの。『君は義体で折鶴が折れるの?もし出来るなら僕も全身義体になってもいいよ』。でも、彼女は力を出す事は出来ても、繊細な動作を上手く義体に伝える事はまだ出来なかった。その子、負けず嫌いだったのかしら、なんとか鶴を折ろうと頑張ったそうよ。男の子にとってもその女の子は希望だった筈よ。でもね、二人共まだ幼かった。」

老婦人「男の子は落胆して、『死んでしまった女の子の為に鶴を折る事も出来なくなるなら、このままでいい』と言ったの。その日以来、女の子は男の子の前から消えてしまった。『今度は、私が貴方の為に折り鶴を練習するね』と言い残して。そう、男の子が死んでしまったと思い込んでいた、あの女の子だったの。何故その事を彼女は言わなかったのか、何か重大な事情があったんでしょうけれど。男の子はその日から、自分も義体化する事を決意した。そして病院から消えてしまった女の子に会いに行くと心に誓ったの。後日男の子は体を全身義体化し、辛いリハビリにも耐えて優秀な義体使いに成長していったそうよ。当時はまだ子供の全身義体は殆どなかった時代だから、それは想像を超えて辛い物だったでしょうねえ。でも、あの女の子も同じ苦しみを耐えていたのだと考えると、簡単に乗り越える事が出来たの。」
草薙素子「それで、その女の子は見つかったの?」
老婦人「全身義体の飛行機事故に遭った女の子・・・これだけで手掛かりは十分な筈だった。でも、その子を見つける事は出来なかったの。」
草薙素子「それじゃあ、女の子の義体は何処で?」
老婦人「男の子が大学の研究室にいた時、標本として保存されていたのを見つけたそうよ。男の子にはこの子が探していた女の子だってすぐに判ったのだけれど、義体をリサイズした本人の行方は掴めず仕舞い。だから、女の子の方の記憶は今でも空っぽのまま。」
草薙素子「男の子の方は、今・・・」
老婦人「大戦の末期、外国に出兵して、それっきり。あれから一度もここには来てないから、死んでしまったのかもしれないわねえ。」
草薙素子「そう・・・話してくれて有難う。きっと女の子も初めて好きになった男の子を、今でも探しているんでしょうね。」
老婦人「初めて好きになった?」

バトー「アイスティーの氷が溶けてるぞ。」
草薙素子「分かってるわよ。何?」
バトー「実は連中の試験の事なんだが、難易度設定を再考の上で、もう一度トライさせてやりてえんだよ。どう思う?」
草薙素子「どういう風のき回し?」
バトー「いやなあ、俺も入隊したばかりの頃は、意外に実力出し切れなくて上官に怒鳴られてたっけかなあ、なんて事を思い出しちまってさ。」
草薙素子「そうね。確かに始めから上手く出来る人なんて、いないかもね。」
バトー「ああ・・・そう言って貰えると、俺も、助かるよ。」


脚注
※1:アズマの事。

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