the Cat Met with Special Boxes.

第16話 そこにいること ANOTHER CHANCE

ソコニイルコトThe Fact of Being There

粗筋

クゼの足跡を追っていた9課は、過去に自衛軍での軍歴があった事に目をつける。
そして調査を進めていく内に、かつての所属部隊が、政府によってひた隠しにされていた事件を起こしていた事を突き止めた。
時は2024年、舞台は国連軍の要請で派遣された内戦の続く小国。
厳冬の中、山中を行軍していた自衛軍はとある難民キャンプで不慮の戦闘に巻き込まれてしまう。
酸鼻を極めたその戦闘は軍人達の精神を破壊し、次第に軍は軍としての体裁を失っていくのだが・・・


登場人物

用語

セリフ

イシカワ:ん?本部、今半島から帰国した。クゼについて興味深い情報が入手出来たぞ。
バトー:課長と少佐は総理に呼び出されて留守だ。報告はこっちで聞いとけとさ。
イシカワ:何だ?これ以上の案件って?
バトー:うぅむ・・・実は、難民による一斉蜂起の可能性が出てきた。
イシカワ:そいつは厄介だな。

individual episodes:そこにいること ANOTHER CHANCE

茅葺「個別の十一人による自決騒動以降、急増している反難民デモに対し、全国にある居住区から長崎の出島に難民が集結しつつあると言った報告があります。気の早いマスコミ等は難民の一斉蜂起の予兆等と煽り立てていますが、その辺はどうなっていますか?」
警察庁長官「確かに、不法奪還者の検挙率が増えている、と言った報告は受けていますが、そういった動きと結びつけるのは時期尚早でしょう。長崎流入は、水際で防げている。」
海上保安庁長官「それはいささか認識不足の様ですねえ。我が海上保安庁は今月に入ってから、2隻の不審船、16艘のボートによる出島への接岸を阻止している・・・長崎流入が起きている事は自明の理ですよ。」
警察庁長官「成る程・・・だが我々には、他にも対処しなければならん案件が多数あってね。」
海上保安庁長官「個別主義者ですか?なら公安部は何をしていたのかと問いたい。本件の火付け役である彼等を野放しにしてきた罪は大きいですよ。」
警察庁長官「例の自決した個別の十一人に関しては、公安部にその所在を把握しておけと言うのは無理な注文だ。現に殆どの個別主義者共が、彼等の行動を賞賛しつつも、自分達とは一線を画す存在だったと証言している位だからなあ。大体、今回の難民問題に関しては、防衛省にこそ、その責任を感じるがねえ。軍備拡張に欲心する余り実弾演習を彼等の鼻先でやらかし、寝ている者を叩き起こしたんだからな。」
防衛大臣「鶏卵前後論争をやりたいんなら受けて立つがね、この期に及んで、管轄権で揉め事を起こしているのはそちらの警備部じゃないのかね?」
海上保安庁長官「それを言い出すなら、海自は何故見て見ぬ振りをしているんだ?管轄権云々を持ち出す前に、体を張っている我々に、もう少し協力して貰いたい!」
防衛大臣「事、ここに及んでは難民問題は、内へと権限が召上げられたと認識してるが?」
警察庁長官「よく言う。前世紀の安保闘争を思い出してみたまえ。遅れて来た国防族議員には申し訳ないが、この国の治安維持は、今後も警察が執り行わせて貰う。」
茅葺「そういった議論も大切ですが今は、各省庁間のコンセンサスが大事です。いったん休憩を入れましょう。」

茅葺「はあ・・・」
荒巻大輔「気分が晴れる暇も無いようですな。」
茅葺「私の力不足もありますが、皆が自身の利権に終始していては本質を見失う。今は、難民問題に協力して臨まなければならない時期だと言うのに・・・」
荒巻大輔「総理、各国の軍部や諜報機関が弱体化していく最大の理由をご存知ですかな?正に今、総理の言われた事が原因です。組織のトップに立つ人間が、自身の利権争いの道具として組織を利用し始めた時から、緩やかな死が始まる。」
茅葺「海上保安庁には、損な役回りをさせてしまって申し訳ないと思っているのですが・・・」
荒巻大輔「まあ、内とていつそういう災いに見舞われんとも限りませんが。」
茅葺「そうですね。ところで、難民の動きについて、何か具体的な情報は得られましたか?」
荒巻大輔「はい。総理はハブ電脳と言うのをご存知ですか?」
茅葺「いいえ。」
荒巻大輔少佐、説明を。」
草薙素子「総理、有線してもよろしいですか?」
茅葺「ええ。」

草薙素子:ネットワークには元来、ハブ、中枢と言う概念は存在しない物でした。しかし昨今、ネットワーク上で孤立した意思を、あるホストが方向性を定義付け、自らの電脳へ招き入れる事である種の共同体を築くと言った現象が見られる様になりました。今迄はそれが、小さな宗教集団やカリスマアーティストを中心にしたコミューン※1と言った程度の物だった訳ですが、どうやら難民の中に彼等を懐柔し、滞留させておけるだけの能力を持った者が出現した。それが長崎流入の原因だと思われます。
茅葺:それは一人の、所謂指導者の様な存在なのですか?
草薙素子:常識的には一人とは考えにくい。一概には言えませんが、一人の電脳に300万の意思を、同時に共感させるだけの能力があるとは思えません。ですが指導者の様な存在かと言われれば、そういった存在であると言えます。

茅葺「成る程。その様な人物の出現は、政府にとって一番の脅威となります。引き続き警戒してください。」
草薙素子「分かりました。」
茅葺「私は、難民特別措置法を廃案にする事で難民利権を押さえ込み、税制問題から解決してゆこうと考えていたのですが。」
荒巻大輔「その辺を上手く利用した政敵がいたと言う事でしょう。余りお気になさるな。」
茅葺「はあ・・・実はもう一つ調べて頂きたい事があるのですが。」
荒巻大輔「何でしょう?」
茅葺「日米安保に絡み、国防族議員の中に旧大日本技研と癒着している者が居る様なのです。」
荒巻大輔「む・・・?」
茅葺「私は今回の安保は、世界で唯一放射能除去技術を有する我が国が、核の抑止力に任せてきた米帝と対等、或いはそれ以上の立場になる事に意味があると考えています。それが叶わぬ場合は、今回の安保は延期しても構わないと思っている・・・ですが、一部の議員や企業がそういった理念等お構い無しに、そんな事をしていてはいつ迄経ってもこの国の自立はありえない。」
荒巻大輔「その情報は何処から?」
茅葺「外務省のある筋から。」
荒巻大輔「では、早急に金の流れを洗ってみる事にしましょう。只、この件、総理の個人的利益と政治的理念どちらから出された指示と取ればよろしいですかな?」
茅葺「言う迄もありません。」
荒巻大輔「分かりました。」
茅葺「はあ・・・」

草薙素子「もっと早く気付くべきだったわ。」
荒巻大輔「ん?」
草薙素子「茅葺総理って、課長の好みのタイプその物よね。」
荒巻大輔「なんだ、今頃気付いたのか?」
草薙素子「課長には負けるわ。総理の言ってた国防族議員って、高倉官房長官の事でしょ?」
荒巻大輔「恐らくな。」
草薙素子「彼の目的が単に賄賂の授受だけにあるとは思えないけど。高倉って親米にして親保守だったわよね?」
荒巻大輔「うむ。未だ米帝妄信主義を捨て切れん軍産複合の最古参だ。彼にしてみれば、一度は大戦終結によりその商品価値の無くなった放射能除去技術を、米帝と再び組む事で他国への新たな抑止力とし、その商品価値を上げる。それで贈収賄は成立し、いたずらに軍備を拡張しなくとも保守派のメンツも保てると言う寸法だ。」
草薙素子「茅葺総理の唱える自立・協調路線とは大きく掛け違えてるけど。彼、内丁のトップでもある訳よね?それにゴーダには旧大日本技研日本の奇跡をプロデュースしていた経歴があった。難民のテロ誘発に日米安保、そして核・・・彼女の復讐、乗ってみる価値ありそうね。」

高倉「待ちくたびれたよ、茅葺総理。」
茅葺「すぐに行きます。」
茅葺「はあ・・・」

アズマ「先輩。」
トグサ「ん?何だアズマ。」
アズマ「俺達招集かけられて無いんすけど、参加しなくていいんすかね?」
トグサ「個別主義者達の内偵はどうした?」
アズマ「奴等は難民よりも動きが無いんで、つまんないかなあ、なんて思ったりして、へへへ。」
トグサ「馬鹿野郎!つまんないって何だ!?それが仕事だろ!?全く・・・十年早いっての!」

バトー「あの頃はユーラシアの覇権をかけた不毛な大戦が漸く終結したばかりだったからな。」
イシカワ「俺もあの時期何度か半島に潜ったが、随分と近代化が進んでいたよ。」
トグサ「もう始めてた?」
バトー「まだだ。お前を待ちながらのウォーミングアップ中。」
イシカワ「そろそろ始めるか。」
トグサ「帰国早々の過分な労動、痛み入りますね。」
ボーマ「よっ。」
トグサ「サンキュ。」

イシカワ「4回目の大戦を経て各国が疲弊しきっていた2024年、米帝が大戦終結を期に内戦の続く半島に国連軍派兵を呼びかけたのが自衛軍派遣の直接の切っ掛けだった訳だが。」
バトー「実の所は再び世界の覇権を取り戻すべく復活をかけた米帝が、北半島に眠るウラン鉱脈の採掘権を、統一政府に取り付ける為の材料に使われたってのが真相だったんだろ?」
イシカワ「それもある。だがそういった思惑が透けて見えていたにも関わらず、戦争特需に沸いていた日本が国連にノーと言える筈も無く、二つの大戦を経て尚、根室での奪還戦以外には実戦を避けてこられた自衛軍の、これが初の試練となった訳だ。」
トグサ「でも、旦那や少佐なんかは、戦時中非公式に海外に行ってたんじゃないの?」
イシカワ「まあな。」
バトー「爆弾テロで殺された当時の首相は、国際的視野を持った数少ない政治家だったからなあ。」
イシカワ「そういった裏事情もあって、政府は国内世論を押さえ込むべく厳重な報道統制と共に、PKFの派遣地を比較的安全とされた新義州に決めた訳だ。」
トグサ「その頃の騒ぎは今も覚えてるけどさ、現地入りした自衛軍が所在なさそうに住民達と過ごしている報道に、いつしか無関心になっていったんだよなあ・・・」
イシカワ「だろうな。実情はそうでもなかった訳だが・・・そして報道統制を行うべく裏で暗躍したのが今の内庁の前身、内閣報道庁だった訳だ。」
バトー「で、PKFの実情ってのは?」
イシカワ「ああ。聞いていたよりも随分悲惨な状況だったらしい。」
イシカワ「クゼが配属されていたのは、本隊の中でも最後に現地入りした機動部隊だ。当時新義州は当時特別行政区で、貿易の拠点だった事から攻撃の対象外だった訳だが、統一政府樹立後、敗走した人民軍の残党が最後の戦地に選んだのも、そこから東へ20キロ程行った農村地帯だった。」
バトー「国境を越えると山岳地帯か?」
イシカワ「と言うよりは峠といった所だな。標高は精々800メートル。ま、ゲリラ戦に持ち込むには打って付けの場所でもあった訳だ。到着早々ゲリラ討伐隊として二個中隊で出陣する事になった義体化歩兵部隊は、極寒の山間部へと移動を始める。戦地での本格的な配備は初めてだったが、PKF仕様のハイブリッド義体には、マイナス20度の雪中行軍も、大してストレスは感じなかった事だろう。その頃本隊は、人民軍の最後の精鋭部隊が新義州攻略を企てていると言う情報を受け、警戒を強めていた。クゼの部隊はそれを北から回りこんで先制攻撃を仕掛ける手筈になっていた。だが、先行していたクゼの一個小隊が、国境を流れる川沿いに、情報に無かった難民キャンプを発見する。そこでは人民軍とは名ばかりの、殆ど山賊に成り下がった兵士達の醜い略奪行為が行われている最中だった。それを目の当たりにしたクゼ達は義憤に駆られ戦闘を始めてしまう。120対30の戦闘ではあったが、雌雄はあっと言う間に着いた。クゼのいた一個小隊は義体化された精鋭部隊。だがキャンプを襲っていた連中は、元軍人とは言え殆ど生身の上、痩せ衰えた連中ばかりだったからだ。その後、何度か人民軍の情報は入ってくるものの、実際の戦闘はその1回きり。極度の寒さと、いつ襲ってくるとも知れんゲリラの影に、緊張を強いられはしたが、市内に陣を取る本隊は、それ程張り詰めた状態ではなかった。」
トグサ「俺が覚えている映像だな。」
イシカワ「ああ。だが暫くすると農村部の小隊キャンプに問題が発生した。」
バトー「PTSDか?」
イシカワ「そうだ。心的外傷後ストレス障害。初めての戦闘で、しかも一方的に相手を殺戮してしまった体験が、若い兵士達の精神を徐々に蝕み始める。自分の肺や臓器が残っている者は、難民が持ち込んだ合成アルコールやハシシ※2に手を出し、フラッシュバックしてくる殺戮の悪夢から、どうにか逃れようと必死だった。それ迄規律正しかった自衛軍が、徐々に身持ちを崩し始めると、日本のマスコミは心無い言葉を浴びせ始める。難民キャンプでの殺戮の事実は、報道規制によりマスコミの耳には一切届いてはいなかったが、その分彼等の態度は痛烈に批判された。更に兵士の醜態を報道させまいと規制がかかった事により、彼等の自由は制限され、ついには帰国も許可されないといった事態迄起きてしまう。」
トグサ「まるで隔離病棟だ。」
イシカワ「ああ。その上、国境沿いの難民キャンプでの虐殺が一部のマスコミに漏れ、それが日本の自衛軍による物だったのではないかと言うデマ迄流布し始める。農村の住民達は、事情を説明しろと激しく糾弾した。だが厳しい報道統制下に置かれていた若い兵士達は勿論、上官達でさえ自分達を弁護する事も出来ないまま、只黙ってテント内に身を潜めているより他なかった。そんな事が続いたある日、兵士の一人に現地の報道人がこんな事を言ったそうだ。恐らくそいつは、自前の肺すら持っていない兵士に嫌味の一つも言ったつもりだったんだろう。」

記者「おい、お前、アサシンって言葉の意味を知っているか?そいつはアラビア語でハシシを食らう者の意味だ。11世紀エルサレムを奪還した十字軍を殺したイスラムの刺客達は、ハシシを吸い夢見心地で暗殺を決行した。それを見た十字軍は、彼等をアサシンと呼んで恐れたそうだ。」
記者「お前等もそいつでここが楽園にでも見えたか?他人の国に乗り込んで来て、いつ迄お客気分でいるつもりだ?この人殺し共が。」
記者「な、何だ・・・!?」
クゼ「確かに・・・お客気分だったかもしれないな・・・」
クゼ「そいつと、交換してくれないか?」

イシカワ「クゼはそう言うと、小銃とカメラを交換し、難民キャンプへと入って行ったそうだ。」
バトー「ふーむ・・・それで、奴は何をしたんだ?」
イシカワ「何もしなかったそうだ。只カメラを持ち、難民の暮らしを時折ファインダー越しに眺めたり、折り紙を作ったりしていただけだった。」
トグサ「分からないな。」
イシカワ「ああ。その真意については俺もさっぱり分からん。だが暫くすると妙な現象が起こり始める。」

イシカワ「まずは老人達が徐々にクゼに興味を持ち始めやがて酒を勧める。次は子供が紙飛行機を折れといった具合に、彼等は物言わぬクゼに次々と近づいていった。そして翌日には、女や大の男迄が、交互にクゼに何か話しかけると、クゼはその様子を只楽しそうに眺め、写真に収めたりしていたそうだ。」
バトー「ふむ。それから?」
イシカワ「人民軍が投降し、自衛軍の任が解かれた3ヶ月後迄クゼの行動は続き、マスコミの連中はそれ以後虐殺の話をする者は居なくなった。そして自衛軍が帰国する前日クゼは、キャンプから忽然と姿を消す。」
イシカワ「現地のキャンプに写真が1枚残っていた。」
トグサ 「その後の足取りは?」
イシカワ「国境を越え西に向かったと言う話だが、それも定かではない。何処をどう放浪したのか、調査の途中、台湾の難民街から戻ったと言う男と話が出来たんだが、そこでクゼと思われる男と会ったって話だ。義体の髪はすっかり白くなっていたそうだが、あれは確かにクゼだったと証言している。それを示す証拠に、彼のりには、絶えず人が楽しげに屯していたと言うんだ。」

老婆「日系さんかい?」
クゼ「ええ。」
中年男性「なんだ、お前、喋れるのか。」

バトー「ん?何だ少佐、戻ってたのか。」
草薙 「ええ。聞いていたわ。確かに、興味深い話ね。」

男「代表。ハブ電脳のフィルタリングアレイに梃子摺りましたが、漸く難民の電脳を逆送出来ました。やはり出島の様です。NSAに確認を依頼している所ですので、直に映像での確認が出来るかと・・・」


脚注
※1:(フランス)commune コンミューンとも。フランス地方行政上の最小単位。
※2:hashish 大麻樹脂(大麻(marijuana)の雌株の樹脂で作った麻薬)の事。

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